年金運用のありかた

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 世界的にみて年金資金の運用が、ほとんど指摘されることなく、それでいて経済や社会に無視できない弊害をもたらしている。 今日は、そこを指摘しよう。

 年金運用は人々の老後生活を守る大事な役割がある。 その最たるものが、できるだけ運用成績を高めて運用蓄積を最大化するという大命題である。

 この、できるだけ運用成績を高めようとするところに、大きな落とし穴がある。 運用成績を高めようと無理すればするほど、経済や社会にダメージを与える度合いを強めてしまうとという根深い問題が横たわっているのだ。

 具体的にみてみよう。 公的年金にしても企業年金にしても、受益者のために運用成績を最大化させたい。 本来は、20年30年はおろか40年後の運用蓄積の最大化を目指さなければならないもの。 ところが、現場の年金担当者にしてみれば、毎年どれだけの成績をあげているかが、自分の評価に直結する。

 うまい具合に、”年金は大事な資金だから、毎年運用状況や成績をきちんとチェックしなければ” といった大義名分がバックアップしてくれる。 年金サイドと運用会社との間に入る年金コンサルタント会社も、毎年の成績チェックや運用状況の分析を商売のタネにしている。

 とにかく毎年の成績だとなると、どうしても各運用担当者に短期視野の運用を強いることになる。 年金という巨額資金のスポンサーが企業に4半期決算を意識した経営や、やたらと配当を出させる方向で強い圧力をかける。 企業の健全な発展や雇用の創出などよりも、手っ取り早く運用資金を回収することにばかり注力するわけだ。

 たしかに、毎年の運用成績は目いっぱい追求されるかもしれないが、果たして経済全般や社会にとって、どれだけの富をもたらすだろうか?

 これはもう経済の持続的な拡大発展に資する投資運用ではなく、ただ、毎年の成績数字を追いかける資金運用の世界である。 それが高じると、もはや運用の中身や社会倫理などそっちのけの、単なるマネーゲームとなりかねない。

 たとえば、ヘッジファンドなど買いでも売りでも構うことなく、マーケットでの価格変動で値ざやを稼ごうとするところに、年金という巨額資金が預けられるとどうなるか? 

 巨額資金を預けた年金サイドは、運用成績という数字だけに関心がある。 預かったヘッジファンドなどは、その巨額資金によるマネーゲームが経済や社会にどのような影響を及ぼすかといった考慮などしない。 ただ、マーケットでの価格変動に向かっていって、しゃにむに成績数字を追いかける。

 あの金融バブルがそうだった。 やみくもに運用成績を追い求め、巨額の報酬に群がった強欲連中が、世界経済をめちゃくちゃにしてくれた。 そのマネーゲームに、われわれの年金も少なからぬ関与をしている。 その挙げ句、景気の後退や膨大な後始末負担という付けを払わされているわけだ。

 年金運用という表向きはきれいごとの世界が、裏ではとんでもないばくちと社会悪に手を染めているなんて、考えたくもない現実である。 われわれの長期投資は、そういった年金運用の不条理から敢然と一線を画している。 どちらが世の評価を受けるかは自明だろう。