もう月末。
早いね、今年も既に6分の一が終わろうとしている。
先週の続きの、セミナー盛り上がりぶりについてじっくり書きたいのだが、
今日と明日は予定がずっしり詰まっており、水曜日まで待ってください。
出席される皆さんもこちらも、お互いに真剣な気持ちのぶつかり合いで、
2時間3時間があっという間に過ぎてしまう。
その辺りを、ゆっくり書きたいので。
そんなわけで、今日はここまで。
もう月末。
早いね、今年も既に6分の一が終わろうとしている。
先週の続きの、セミナー盛り上がりぶりについてじっくり書きたいのだが、
今日と明日は予定がずっしり詰まっており、水曜日まで待ってください。
出席される皆さんもこちらも、お互いに真剣な気持ちのぶつかり合いで、
2時間3時間があっという間に過ぎてしまう。
その辺りを、ゆっくり書きたいので。
そんなわけで、今日はここまで。
もう長いこと、週末のほとんどを全国各地でのセミナーにあてている。
いってみれば、年がら年中休みなしということだ。
不思議なことに、それほど疲れない。
たしかに新幹線や飛行機に乗ってばかりだから、移動距離はすごいものがある。
幸か不幸か、交通網が整備されてきたから日帰りがほとんど。
土曜日も日曜日も自宅にたどり着くのが深夜なんて、しょっちゅうのこと。
それでも、疲れたなあとならないのだ。
セミナーやっていて、今日も来てよかったなあと充実感が沸きあがってくるのだ。
それも、質疑応答しているときから全体の雰囲気や、こちらの気持ちがどんどん高まっていく。
まあ、帰りの車中ビールの美味しいこと。
やめられないね。
全国いろいろな地方で頑張って生活している人々が一杯いる。
どんどん生活環境が厳しくなっていく中、今後どう生きていくか、みなさん真剣である。
その真剣さに、こちらの長期投資を訴える真剣さが、ぴったり重なってくるのだ。
今日は時間がないから、続きは来週に。
リビアの緊張が一段と高まり、原油や金価格が跳ね上がってきた。
一方で、政情や社会の混乱が中東全域に広がりかねない状況なのを嫌気して、
欧米や日本の株価は大きく下げている。
この先どこまで混乱が広がっていくのか、原油価格が高騰しそのまま高止まりするのか、
そしたら世界的なインフレ懸念も出てくるのでは、といった不安が次から次へと浮かび上がってくる。
もちろん、不安がったところで先行きどうなるのか、わかりっこない。
とにかく情報を広く集めて、可能な限り的確な判断を下そうというのが、
一般的というか常識的な対応だろう。
いかにも冷静で、もっともらしく聞こえるが、そこからは何の行動も生まれない。
お役所などはそんな程度のおしゃべりで、お茶を濁しておけるかもしれない。
投資家は違う。
中東の政情不安や原油高で、株価は大きく下げている。
どちらも現実である。
それらの現実に直面し、将来に向けてどういった行動をするのかが、いま問われているのだ。
先行きどうなるのか誰にもわからないからこそ、投資家の出番なのだ。
混乱状況が一段落して、世の中に冷静さが戻ってきた頃には、もう投資妙味はなくなっている。
不安不安といったところで、世界が終わってしまうわけでもない。
もっとも、世界が終末を迎え人類が滅亡してしまうのなら、不安も消えてなくなっているはず。
将来どうなるのか判らないときは、なにがあっても変わらないものだけを見ればよい。
なにも変わらなければ、そこには何の不安もないだろう。
変わらないもの、それは人々の生活だ。
中東の人々だって幸せに暮らしたいだけで、社会の混乱が嬉しいはずがない。
いつも書いていることだが、地球上69億人の毎日の生活は一時として止むことはない。
それを支える企業活動も途切れることは許されない。
ところが、株価だけはやたらと売られている。
であれば、どんなことがあっても消えてなくなっては困る企業の株を、
この安値で買っておくのにどれほどの不安があるだろうか。
リビアの社会情勢が緊迫化している。
世界8位の原油産出国で、
地中海を挟んでリビアの北部に位置する欧州各国にとっては、
穏やかならぬ状況である。
とりわけ、イタリアはリビアからの難民の漂着に神経を尖らせている。
この先どのような展開になるのか、だれにも分からない。
経験から言うと、
マスコミや市場の反応は問題が勃発して数日間が一番大きくなるものだ。
マスコミは今現在の状況を報道するのが仕事だから、
なにか起こるとそれをできるだけ詳細に伝えようとする。
リビア情勢がこうなっている、
中東各地にも飛び火しそうだとかの記事が紙面を埋め尽くせば、
読者は大変な事態だと不安を過剰に高めることになる。
そういったマスコミ報道を見て、投資家の多くは
"これは大変だ、相当に下げそうだ、早めに売っておこう"
という行動に走る。
それが、株式市場の暴落を引き起こし、
投資マネーの国債などへの緊急避難につながっていく。
昨日の世界市場が、まさしくそういったリスク回避の反応を示した。
そのうち、
事態の深刻度合いがどのくらいか判断できるようになるにつれて、
人々の心理にも落ち着きが戻ってくる。
当然のことながら、
投資家の間でも価値判断を無視して売り込みすぎた株を買い戻そうとする動きが出てくる。
それが、株価の急反発を招くこともしばしば。
さて今回はどうなるのだろう?
はっきりしているのは、
どんなことが起ろうと地球上69億人の毎日の生活は消えてなくならない。
それを支える企業活動も途切れることはないという現実。
そういった企業の株価が大きく下がったら、黙って買っておこう。
本日、インベスターズTVの生放送。
下記から視聴できますのでぜひどうぞ!
http://www.investors-tv.jp/live.html
今日はどんな話になるのだろう?
よく木を見て森を見ずとか、その逆で森を見て木を見ずとか言われる。
投資の分野では、相場動向など無視して個別株投資しよう、
あるいは個々の銘柄にこだわらず相場全体の上昇トレンドに乗ろうといった意味だ。
それで、いまはどちらが良いのだろうか?
そのどちらとも違うアプローチを意識した方が良いのかもしれない。
中東全域に広がってきている民主化要求デモをみるに、
世界的な価値体系に新しい側面が加わる可能性もある。
ここは、森も木も両方をしっかり見る投資姿勢でいきたいものだ。
中東地域の民主化要求デモは、
国民の多くを占める低所得層が失業や食料品価格の高騰に対する不満を爆発させている、
といった背景があると思われる。
宗教やイデオロギーの対立といった側面よりも、どちらかといえば生活闘争に近い。
長期独裁政権に終止符が打たれ、
中東全域で民主化と経済格差解消の方向へ舵がすんなり切られてくれると、
これは世界経済にとって朗報そのものである。
逆に、長い独裁政権下で健全な野党や民主勢力が十分に育っていない恐れもあり、
社会的な混乱が一層ひどくなる懸念も否定できない。
16億人超の巨大人口を擁するイスラム圏の経済が、
それほどの混乱もなく民主政治下で発展していくのか、
長い混乱に陥っていくのかで企業の経営戦略も違ってくる。
いつでも個別銘柄投資を心がけるのが長期投資家だが、いつも以上に企業選別をしっかりやらないといけない。
どんなことがあっても、地球上69億人の毎日の生活はなくなりっこないし、
少しでも豊かな生活をしたいという願望も消えはしない。
したがって、人々の生活を支える企業の株は買っておけという投資スタンスは、
なにがあっても堅持しよう。
ただし、森も木もよく見ながらね。
先週の土曜日、久しぶりにプライベートバンキングについて持論を述べる機会があった。
こちらは、1979年からやっているので、
日本におけるプライベートバンキングと称するビジネスの草分けみたいなもの。
当時は、そんな英語は誰も理解できなかったから、
富裕層に対する特別サービスとか、いろいろな造語を考えたものだ。
その仕事は、1996年6月に前職を辞めた時をもって一段落とした。
一般生活者のための投信というビジネスを、日本で本格的に普及させたい。
その思いを実行に移すために、スイスの銀行の日本代表という地位を捨てた。
そこで生まれたのが、さわかみファンドである。
実は、個人の財産づくりを本格的な長期投資でお手伝いさせてもらうというのは、
プライベートバンキングの第一義的な仕事なのだ。
これまでの日本の富裕層は、日本経済の長期高度成長に乗っかって財を成した方々がほとんど。
どうしても、いまある資産をどう守っていくか、どう節税していくかに関心が集中する。
それは、資産を固定化してできるだけ静かにしておく方向で、
財産を次世代に相続させたいということになる。
これは、つまらない。
お金というものは、経済の現場にどんどんまわしてやる事が重要。
それを先頭に立ってやっていくのが、富裕層の役割なのだ。
財産は守るのではなく、積極的に経済の拡大再生産を目指べく動かしてやらなければならない。
経済のパイが大きくなれば、
世の中の人々はどんどん豊かになれるし、結果として自分の資産もさらに増える。
長期投資においては、税金も手数料の一部ぐらいの感覚でしかない。
節税節税で小さくうずくまるよりも、手持ち資産を経済の拡大再生産に向けてやって、
大きく稼ぎ税金でも何でもさっさと払ってしまう方が、よほど大きな財産づくりとなる。
しっかりと本格的な長期投資しておけば、
景気変動やインフレにも乗れてしまうから、資産の保全にもなる。
そう、
さわかみファンドは限りなくプライべートバンキング的なサービスをお届けしようという意思を持って設定された。
それも、これまでの富裕層を対象にするのではなく、
市井に生きる普通の人々が本格的な長期投資を通じて、成熟経済日本を元気にさせつつ、
それぞれの財産づくりを進めてもらうのだ。
みなさん日本の将来に責任をもてる、まさに富を持つにふさわしいプチお金持ちになろうではないか。
昨日の工場訪問でも感じたんだが、
われわれ長期投資家にとって製造の現場で頑張っている人々とは時間軸がぴったりくる。
技術を開発するのも工場を建設するのも、一日や二日でできるものではない。
まして、一部の金融ビジネスのようにパソコンをクリックしては瞬時の売買を重ねるのとは、
もう住む世界が違う。
じっくり研究を重ね、一つ一つていねいに作り込んでいったりする地道な作業の連続から、
世界に冠たる日本製品が出来上がっていく。
気の遠くなるような実験や現場での試行錯誤の連続を通して、
時間はかかるかもしれないが着実に本物の価値が高められていく。
そういった内容の濃い価値の高まり努力に対して、これまたじっくり応援していくのが長期投資である。
5年でも10年でも熱い気持ちでずっと応援している間に、
技術者や工場の人達と一心同体のような仲間意識さえ覚えてしまう。
そして、その開発がいよいよ新製品となって世の中の人々に受け入れられる段階に入っていくにつれ、
開発や製造の現場で頑張ってきた人達は、やったぜとモノづくり人生の充実感に浸れる。
もちろん、われわれ長期投資家のリターンもついてくる。
どちらにも共通するのは、
将来に向けて価値を創造していく楽しみと、それが成就したときの喜びだ。
その間には、いろいろな問題を乗り越えたりで、嫌というほど時間がかかる。
その時間の重みこそが、本物の価値となっていく。
長期の財産づくりを考えるとき、
パタパタと儲けた薄っぺらなお金と、じっくり積み上がってきた資産とは、まったく重みが違う。
お金にじっくり働いてもらって、
世の中に役立ってじわりじわり増えていく資産こそが本物の財産といえよう。
その辺りは、ものづくりの世界とまったく同じである。
株価も上昇基調にあるし、皆さんご機嫌の週末を。
財政赤字はますます悪化の方向にあり、国の借金残高は国内総生産の2倍を超えようとしている。
国や政治が一刻も早く抜本的な改革に手をつけなければ、
そう遠くない将来に財政破綻やら国債の暴落やらで社会経済的な大混乱は免れないのでは。
国民の多くはそう感じている。
そして、やらなければならないこともみな分かっている。
少子高齢化で増え続ける一途の年金など社会保障費を賄うには、
消費税を目的税化して税率を15%ちょっとまで引き上げる。
それでもって、
今後ますます増えていくであろう若年層の負担を減らしつつ、高齢者の老後不安を一掃してしまう。
一方で、日本社会のあちこちに深く根を張っている既得権益層への利益誘導を優先しようとする、
旧来からの政治で積み上がってきた財政支出の無駄づかいを徹底的に削ぎ落とす。
そこで浮いてくる財政の余裕を将来に向けての成長戦略を次々と打ち出す。
これだけ一気にやってしまえば、財政収支の均衡から健全化のめどが立ってくる。
それはそのまま、膨大につみあがった国債の軟着陸にも明るい見通しが出てくるというもの。
残念ながら、誰もがわかる処方箋を断行しようとする政治家がいない。
時間だけがどんどん過ぎていく。
そこで、国債はどうなるのかといった疑問というか懸念が出てくるわけだ。
いろいろな見解がある。 先日も、国債の格付けが引き下げられたが、
それでも日本の場合は大丈夫だろうという楽観論は根強い。
一方で、いずれは値下がりが避けられないとする不安をぬぐいきれない人達まで、
それこそ百家争鳴といったところである。
われわれ長期投資家からすれば、国債を保有していなければ何の心配もないだろうの一言。
どうせ保有していたところで、年1.3%にしかまわらない。
世界的な超低金利もあり、国債価格の上昇余地はもうそれほど残っていない。
つまり、投資魅力に欠ける。
それだけのことだ。
ひとつ考えておくべきことは、もし仮に国債価格が値下がりに転じたら困るであろうところから、
できるだけ離れた立場を確立することだ。
たとえば銀行など金融機関は相当に厳しい状況に追い込まれる。
年金も同様だが、これだけは解約するわけにもいかないので、
事態を見守るしかないのは残念至極である。
どうする?
もちろん、経営基盤の確りした企業の株を買っておけば良い。
たとえ国債が暴落したところで、人々の生活がなくなるわけでもないから、
企業のビジネス活動はずっと続く。
株価は一時的な下げがあったところで、すぐ反発するだろう。
むしろ、債券からの資金シフトも期待できる。
明日は、企業さんの工場訪問で九州へ。
そのため、ブログお休みします。
最近の新聞紙上では、
驚くほど多くの企業が収益力を高めてきている様子を報道する記事が、まさに踊っている。
数ヶ月前までは、
円高で日本企業は大幅減益を余儀なくされるといった悲観記事のオンパレードだったのとは、
えらい違いである。
われわれ長期投資家からすれば、
個別企業の経営状況をずっと追い続けているから、いまさら業績向上を騒ぎ立てることもない。
もちろん、円高だ大変だでやたらと売られていたところをたっぷりと買い仕込んであるから、
ここへきての株価全般の上昇は "来たぞ、来たぞ" と歓迎するばかり。
楽なものである。
それよりも、日本企業の経営進化には改めて勇気づけられる。
1994年から95年の4月にかけての超円高時には、
多くの企業がこのままだと潰れるぞといった深刻観を漂わせていたものだ。
大変な事態だとにかく防御を固めようということで、輸出企業を中心に縮小経営に走るところが続出した。
それを見て、マスコミは下請け企業などを切り捨てる大企業の横暴だと非難を集中させた。
バブル崩壊と超円高のダブルパンチを浴びた輸出企業は懸命に生き残りをかけて、
それこそ身を削りまくる努力を重ねた。
その結果、一社も潰れることなく超円高を乗り切った。
一方、国内企業の多くは金融機関を含め政府の救済やら延命策頼みに終始して、自助努力を怠った。
そして、90年代後半から2003年にかけて、多くの国内企業が倒産した。
輸出企業は自分の身を切ってでも生き残り、
マスコミからゴーゴーたる非難を浴びたものの多くの雇用を守った。
それに対し、国内企業や銀行は潰れたため、失業者を続出させた。
経営の厳しさや辛いところだが、結果は必ずついてくるものだ。
それから15年、日本企業の円高対応ぶりは様変わりとなった。
リストラ努力は恒常的に続ける一方で、
円高を利して積極的に攻めの経営を展開する企業が、華々しい活躍を見せてくれている。
円高なら海外資産が安く手に入るチャンスとばかり、
すさまじい勢いで海外の企業や資源などを買いあさってきている。
それも、自社の将来成長に欠かせない布石を打つのだという、
極めて戦略的な先行投資を繰り広げているのだ。
業績がずいぶん向上してきたが、楽しみはまだこれからと思える企業がゴロゴロしている。
長期投資の醍醐味だね。
田沼正彦さんから質問いただいた。
日本の農業再生において、よくいわれる付加価値を高め高価格の農産物で勝負するよりも、
品質を要求されるたとえば漢方用の農産物の方が面白いのではといったご提案。
ひとつの方向でしょうね。
でも、漢方用の薬草の多くが人里離れた厳しい自然のなかで自生したり、
人工的にそのような環境を準備して育てられているとしたら、
どうしても自立農業の一部を担うぐらいまででしょうか。
朝鮮人参の栽培なども、相当に手間がかかるらしいですね。
ごめんなさい、専門でないのでこのぐらいしか書けません。
たしかに、
日本の農産物の生産コストは高いから高価格品で世界の市場を開拓しようという一般的な考え方には、
いまひとつしっくり来ないものがあります。
経済合理性という観点からは、付加価値を高め高価格品で勝負となるのでしょう。
しかし、その論理をトコトン追求すると、
そのうち日本の農産物は一部のお金持ちの口にしか届かなくなることにも。
それで、つまり経済的な採算だけを追い求めて、
果たして農家さんたちは自分たちの仕事に誇りや喜びを感じるのでしょうか。
食は健康の原点であり、可能な限り無農薬で滋味に富んだ農作物を、
国民のだれもが口にできるところまで日本農業を持っていきたいものです。
国民のみなに喜ばれ感謝されて農業を続けられたら、農家さんにとっても一番の幸せでしょう。
きれいごとすぎる?
農業はそんなに甘くない?
そう決めつけてしまっては、なにも始まりません。
国民のみなが安くて美味しくて栄養のある農作物を口にしたいという需要があるのは分かりきっていること。
どうやって、その膨大な潜在需要に応えていくかを考え工夫を凝らすのが事業というものでしょう。
日本の農業は生産性が低い、山間部の土地も多く効率が上がらない、人件費も高い。
だから国際競争力がないといわれる。
そういった定説に真正面から挑戦するところに、大きなビジネスチャンスが転がっているのではないでしょうか。
うまい具合というか、世界の人口は増え続けており、
食料に対する需要は今後うなぎ登りに増加する一途です。
世界的な農産物価格はじりじりと、あるいは急速に高まっていくのは眼に見えています。
高い高いといわれ通しだった日本の農産物価格ですが、
世界的にみていつまでも割高ということはないでしょう。
いまこそ、日本の農業の抜本的な改革というか、
事業家精神を高めて農業自立を図るときではないでしょうか。
世界的な需要増加を視野に入れれば、有望な輸出産業にだってなり得ます。
われわれ長期投資家からすれば、
5年でも10年でも先々に夢と期待を膨らませられる企業は、
もう絶好のリサーチ対象となる。
そういった夢の多くは、
前々から期待されていた技術がいよいよ実用の段階に入ったというニュースや、
信じられないような新技術が開発されたとかでマスコミが大々的に報道するケースもある。
そんな中、
長期投資家が一番力を入れるのはもっと地道な技術開発である。
工業原材料とか素材といった分野での開発動向を追いかけるのは、
実に楽しいものがある。
もちろん、
こちらは研究者でもないから技術のどこまで理解できるかなんて挑戦はしない。
それよりも、
これは面白そうだと思える技術をある企業が時間かけて必死に開発しているのを見守りながら、
こちらはその技術が世に出てきたら人々の生活はどう変わっていくのか、
あれこれ推測する作業を続けるのだ。
こういった夢の膨らませかたも結構楽しいものだ。
たとえば炭素繊維。
もう30年以上前から夢の新素材と騒がれていた。
世界中の名だたる企業が炭素繊維の実用化に向けて技術開発競争に雪崩れ込んだ。
しかし、開発は難航し海外の企業は次から次へと脱落していった。
最後まで残ったのは、日本の数社のみ。
何とか実用化にまでこぎつけたものの、値段が高すぎる。
鉄よりはるかに軽く、はるかに強いといっても価格が高すぎては、
誰も使ってくれない。
そこで、日本の数社は懸命に炭素繊維の用途開拓に挑んだ。
思いついたのは、釣竿やゴルフシャフトといった趣味の分野での需要開発。
趣味の分野であれば、お金に糸目をつけないユーザーも大勢いる。
とにかく炭素繊維の使用用途を広げて、
量産効果によるコストダウンを急ぐしかない。
そういった地道な市場開発努力と徹底的なコストダウンで、
炭素繊維は航空機や自動車といったビッグユーザーを開拓していった。
その間にも、株式市場では幾度となく炭素繊維を囃した相場の波が押し寄せた。
炭素繊維という夢の工業素材をずっと追いかけて、
関連企業の株を安値あるごとに拾ってきたきた長期投資家にとっては、
大相場の都度ご機嫌の投資リターンを確保できたものだ。
夢はまだまだ続いている。
かつては時間をかけてジックリ固めるしかなかった炭素繊維だが、
最近は製造技術の進歩によって驚くほど短時間で製品化できるようになってきている。
その横で、
ボーイング787の相次ぐ本格生産延期で炭素繊維の話題は株式市場から遠のいている。
こんな感じで、
長期投資家はいろいろな技術開発に挑戦している企業を5年10年と追っているわけだ。
ずーっと追っていると、
その企業の技術に対する文化というかDNAといったものも見えてくる。
よく日本は技術で生きていくといわれるが、
技術に賭ける企業魂といったものは長期投資家にとっては、
たまらない魅力である。
明日は予定が詰まっており、ブログお休みします。
また、来週ね。
インベスターズTV、生放送に今晩8時より出演します!
http://www.investors-tv.jp/live.html
ぜひご視聴ください!
昨日は工場訪問のため、ブログを休みごめんなさい。
米国や欧州の株価の上昇ぶりは、見ていて頼もしいものがある。
いくつかの指標では、既にリーマンショック前の水準を回復してきている。
それでいて、過熱感は感じられない。
相場動向を語るなど、もともと興味はない。
だから、今後どうなるのかはどうでもよい。
はっきりしているのは、世界的にみて多くの企業の業績向上ピッチが上がっていること。
個別銘柄をていねいにリサーチして買っていく長期投資家にとって、
文句のつけようがない展開になってきている。
どうして個別企業ベースではすごいのか?
逆なのだ、見方が。
サブプライム問題発生からリーマンショックに至る金融バブル崩壊で、
ガタガタになったのは金融バブルに乗って儲けようと眼の色を変えていたところだろう。
もちろん世界を巻き込んだ金融バブルが崩壊したのだから、
世界経済や一般生活者へもいろいろなトバッチリが襲ってきた。
だからといって、地球上69億人の毎日の生活が消えてなくなったわけではない。
一部の国々や金融機関が厳しい現実に直面するに至ったのは当事者責任として、
関係者が独自にあるいは力を合わして解決していくしかない。
しかし、それと69億人の毎日の生活とは別である。
69億人が飲んだり食べたり着たりする生活を支える生産や供給活動は、
一時として途切れることは許されない。
どうして、この当たり前のことを忘れて、金融問題だ世界不況だと騒ぐのだろう。
したがって、長期投資家がためらうことはない。
金融バブル崩壊で苦しむ銀行など金融機関などに引きずられることなく、
人々の生活に焦点を当てた投資戦略を繰り広げればよいだけのこと。
69億人が少しでも豊かな生活を求めて頑張っているのだ。
そこには膨大なビジネスチャンスが広がっており、
積極果敢な企業にとって金融問題を理由にせっかくの収益機会を逃す手はない。
ビジネスでも投資でも、先行きがダメなところに付き合うのは愚の骨頂。
いつでも新たなる富を築いていけるところに、
持てるエネルギーを集中させるのが事業家であり長期投資家である。
すごいニュースが今朝の新聞の一面に踊っている。
個別企業のコメントはしないことにしているから、この大ニュースについてもここまで。
こういった企業の合併などでの大型化指向は、今後どんどん表面化してくるだろう。
世界経済のグローバル化が加速しているから、
日本企業も大型化で世界市場での競争力を高めざるを得ないという理由だけではない。
すこし前までの日本では長期にわたって経済の高度成長が続き、
国全体が右肩上がりの三角形の中にあった。
個人も企業もみなが右肩上がりの上昇トレンドに乗っていた。
せいぜい違いがあるとすれば、要領のいい人や大企業は三角形の上の方を驀進し、
ちょっとモタモタ気味の人や中小企業は三角形の下の方に位置しながらも、
それなりに伸びていっただけのこと。
企業に限ってみれば、どこも一から始めては時間をかけて大きくなっていった。
大きな右肩上がりの三角形の中にあるから、どんなに小さな企業もなかなか潰れない。
みなが生きていけるから、
企業合併や事業吸収といった優勝劣敗と適者生存の競争論理がなかなか働かなかった。
ところが、バブル崩壊と日本経済の成熟化進展で、
これまでの右肩上がり三角形はガタガタに崩れてしまった。
企業はもちろん、銀行までもが簡単に潰れていくのが普通の感覚になってきた。
そうなると、企業経営者はどうやって生き残りをかけていくかを真剣に考えざるを得ない。
自然の流れとして、自主廃業や経営統合あるいは吸収合併などが多くなっていく。
これは、一国の経済が急速な発展段階から成熟段階に入っていくと必ず発生する現象である。
時代適合力や競争力を失った企業は次々と消えていき、
そこから人材や技術あるいは設備を吸収して生き残り企業がどんどん大きくなっていく。
成熟経済の先輩である欧米諸国には、
日本よりはるかに巨大な企業がゴロゴロしているのは、まさにそういった背景があるからだ。
グーグルなんて、わずか10年であれだけ巨大な世界企業になってしまった。
一から築いていこうとしても絶対に無理、
外部から技術者やら組織力やらを、次々と取り込んでいったからだ。
これからは企業の適者生存がますます激しくなっていく。
それと同時進行で、人材の流動化はもっともっと活発になっていく。
まさしく、投資対象企業を厳選する長期投資家の出番である。
最近すこしずつ目立ってきたのが、上場企業の自主的な非公開化である。
多くの事業経営者にとっては、自社を株式市場に公開することがひとつの夢である。
営々と築き上げてきた事業が社会的に認められ、
晴れて一流企業の仲間入りを果たすわけだ。
株式公開時に手持ちの株を一部手放すことで、巨額の現金を手にすることもできる。
株式公開はまた社会的な信用力を高め、銀行などからの融資条件を有利にしてくれる。
人材の採用においても、上場企業ですといえるのは大きい。
どこの馬の骨か知れない会社に就職するのと、上場企業に勤めているというのとでは、
イメージが違う。
それなのに、せっかくの上場を取りやめるというのだ。
いろいろな理由があるのだろうが、
ひとつ大きいのは株式を公開していることで
経営状況を常にオープンにしておかねばならないことの重荷がある。
どの企業でも、上場していようがいまいが経営状況を透明にするのは当然のこと。
しかし、上場企業ともなると株価評価が常に付きまとう。
アナリストがひんぱんにやってきて、
今期の業績悪化はどうしてなのかとか、配当をもっと増やすべきだとかで、
株主利益の追求に追いまくられる。
そういった要求を突っぱねて長期視野に立った経営を貫こうとしても、
短期の投資収益を意識する機関投資家などは許してくれない。
将来の成長のための先行投資はどんどんやってくれといいながらも、
その過程で利益がちょっと落ち込むやたちまち保有株を売ってくる。
四半期決算が悪かっただけでも株価は大きく下がってしまう。
ひんぱんにアナリストが訪問し、
短期でも長期でも利益を出してくれと迫られては、
ジックリとした経営戦略など立てようがない。
それはそのまま、株主にとってはマイナスである。
ところが、機関投資家たちは自分の成績を高めることを優先する。
機関投資家の本来の任務は、
運用を委託してくれている最終受益者の長期の財産作りに最大の努力を傾注することである。
それが現実には、
アナリストやファンドマネジャー達のボーナス最大化のための運用となってしまっている。
そんな連中に引きずりまわされたくないと思えば、上場をやめるしかないとなる。
まあ、われわれのような本格的な長期投資家がもっともっと増えてくれば、
目先狙いの機関投資家が売ってくればこちらが全部買ってやることで、
企業の長期戦略を応援できるというもの。
昨日は、いろいろな会議に引きずりまわされてブログ書けず、ゴメンなさい。
世界の株式市場の戻し、気持ちいいね。
まだ、この先どんな展開になっていくのか神のみぞ知るところだが、
日本株市場もすこしは海外のダイナミックさをまねしてほしいもの。
ちょっと楽観的なこと書こう。
チュニジアにしてもエジプトにしても、民主化要求の背景に失業や貧困化の問題がある。
さらにその奥の背景には、世界の経済成長がある。
世界中あちこちでより豊かな生活を求めて成長志向を高めているのに、
自分たちは取り残されているといった不満が爆発して、
民主化要求のデモにつながっている面が強いように思われる。
政治や宗教あるいは民族間の対立というよりは、
経済格差拡大に我慢できないといった
生活防衛的な民衆の願望が民主化要求になっているとすれば、面白い。
そのエネルギーは、社会インフラなどの破壊には向かわず、
生活基盤はじめ経済建設の方へ集中して行ってくれるはず。
出遅れていたり取り残されていたりしていた人々が、
すこしでも豊かな生活を求めて前向きに動き出せば、世界経済はより健全な成長を期待できる。
さらに言えば、タリバンなどイスラム原理主義者たちの多くも、
どうにもならない貧困から過激な行動に走っている面も否定できない。
世界の貧困問題の解決も、つまるところは経済である。
どこの国や地域でも経済成長に邁進しているが、
そのスピード以上に所得格差が広がっているところに問題がある。
それが独裁政治の下、
一部の層が富を占有しているとなれば民衆が暴動に走っても、おかしくはない。
貧困問題をどう解消していくかは、政治問題であるが経済問題でもある。
われわれの訴える長期投資は、政治は横へおいておいて、
一人でも多くの生活者が自分たちのお金を経済の拡大再生産にまわしてやることに専念する。
生活者が自分の意思と将来への願望を、
自分のお金に託すわけだから一部の既得権層を利するようなことにはならない。
社会全体が豊かになる方向で、お金が働いてくれて経済のパイが大きくなれば、
低所得層といわれる人々にも成長の分配は行き渡るというもの。